立命館大学トライアスロン部は2005年に個人優勝、2011年には日本学生トライアスロン選手権(以下、インカレ)全国優勝など多くの実績を残している。今回は2016年度、初代監督として就任した古郷康介氏にお話を伺った。監督に就任される前の意外な経歴や、指導にあたりヒントになっているという海外での経験など、オリジナリティあふれる監督像に迫る。

「日本で一番いい部活にしたいなと思っています。競技面で強くなるのを目指すのは当然ですけど、それだけではなくて。部員全員が自分の立てた目標をきちんと達成するために小さい目標を一つ一つクリアしていく、全員がきちんと成長していくって言う状態が一番いい状態だと思います。」

立命館大学トライアスロン部

――立命館大学トライアスロン部の監督に就任された、きっかけを教えてください。

初代監督を決めるにあたって、トライアスロン関係者で、大学のOG・OB、尚且つ有資格者という条件で探したところ、候補に上がったのが3名でした。そのうちの1名は、学生時代にインカレで優勝した私の先輩の平松幸紘さんなんですが、その当時は実業団に所属していて、まだ現役選手でした。もう1名は、私の大学時代の同期で2011年にアジア大会で銀メダルをとった平松茜子選手なんですけど、彼女は水泳部のOGなので「私が部の歴史とか雰囲気も知らない中でやるのは違うと思う」と言われまして。でも同期なので、私が監督をするのであれば「コーチやったらやってもいい」という話をちょうど4年前にして、この世界レベルの二人から背中を押していただいたこともあって引き受けました。

トライアスロンの公式大会で審判を行う

それまでも審判として活動しながら、後輩の指導やトライアスロンの普及ができればいいなと思って指導者資格だけは取っていたので、それを活かせる場があるのであればやってみたいなと。自分ができないスイムの指導は平松茜子コーチがやってくれていて、今でもフォームの指導であったりとか、女性なんで女子の選手が、私に言いにくい相談にものってもらっています。平松幸紘さんも実業団でコーチをやってる方なので、「こういう風に伸び悩んでるんですけど、どうしましょう」っていうような相談も、大学の先輩として乗っていただいています。

――すごくいいチームで指導しているんですね。

ほんとに助けていただきながら、やらせてもらってますね。

――以前は、税理士事務所で働かれていたと伺いました。

もともと金融系の会社に勤めていました。その頃には並行して審判もやっていたんですが、オリンピックに審判として行きたいと思った時に、語学力とか圧倒的に足りないものがあるので、いったん留学しようと決意して退職しました。

――いつ頃のお話ですか?

4年くらい前ですね。税理士事務所に就職したのは留学から帰ってからになります。税理士事務所だと、トライアスロンと繁忙期が真逆なので、年末から5月くらいにかけてが最繁忙期になります。面接の時に「トライアスロンをやってます。審判員としてオリンピックを目指してます」という話をして理解はしてくださっていて、3月に事務所の繁忙期が終わるように個人のお客さんや、不定期な案件を主に担当させていただきました。4月以降、事務所の繁忙期が終わってからはトライアスロンのシーズンに入っていくので、そちらに注力できる環境でした。

古郷氏はトライアスロンの審判と税理士事務を並行して行うという異色の経歴を持ち、その当時から多忙を極めていた。さらに事務所では税理士事務の仕事だけでなく、米国会計士の資格取得を目指して勉強していたが、それぞれの仕事のオンオフを上手く切り分け、どちらの仕事でも活躍されていた。

――すごくマルチな活躍ですね。

いやいや。米国会計士の資格は事務所から「英語も喋れるんやったら、やってみたらええやん」って背中押していただいて始めたんですけど、大阪城のトライアスロン大会事務局にお声かけいただいたので、志半ばでいったん中断はしています。その時には、海外で大学の単位を取るために通信教育を受けさせていただきました。強制的に英語力も上がるし、会計の勉強も日本式とアメリカ式と両方学べました。海外に会社のある訪問先もあったので、そのお手伝いを少しだけさせていただいて、いろいろと楽しくというか、理解していただきながら働いていました。急遽、海外遠征に行かないといけない時にも「いいよ。何日休むの?4日、5日?」「いや、3日でいいです。すみません。」と休みを取らせていただいたり、ほんとに理解していただいて、すごい応援をしていただいたので、頭が上がりません。

――当時から古郷さんご自身はこれからもトライアスロンをメインにして、やっていきたいという気持ちが強かったんですか?

選手としての成績が全くないので、元々は趣味で関わっていけたらなと思っていました。それが、東京オリンピックが決まった年くらいから、なんとなく審判の世界の中でうまくやってオリンピックにチャレンジしたいなって思い始めたんですよね。もしオリンピックに参加出来なくても、やること全部やったし、こういう理由で選ばれなかったって言えれば、今後につながるかなとも思っていて。それからオリンピックに参加するために国際審判資格を取得しました。それでも当時に大阪に来てくださった韓国の審判の方が、流暢に英語で指示を出しているのをみて、圧倒的に英語力が足りないなと感じました。その方がたまたま同級生だったので、年齢を言い訳にしたらあかんな、同じ年であんだけやってるのにと思って留学を決意しました。

――そこで会社を辞めて留学に行くのは勇気がいりますよね。

何を自分の中の軸とするかなって考えた時に、オリンピック目指すって言って辞めたからには、やれること全部やろうと思って。資金の都合で長期間はいけないことが分かっていたので、なるべく集中して行きたいな、それもオフシーズンで行ける時に行こうって、思い立って行った感じですね。

――どれくらいの期間、どこに留学されたんですか?

選択肢はいろいろありました。オーストラリアとかニュージーランドとか、南半球だと日本とシーズンが逆なので、向こうのトライアスロンのシーズンに合わせていくっていうのも選択肢の一つとしてあったんですけど、最終的には3ヶ月ぐらいイギリスに留学しました。イギリスは当時、ロンドンオリンピック、リオオリンピックとメダリストを輩出しているトライアスロン強豪国でもありましたし、ヨーロッパに繋がりができるといいなっていうのもあって選びました。当時、英語力もそんなになかったんですが、ナショナルトレーニングセンターは大学が拠点になっているっていうのを調べたので、アポイントなしで「見せて欲しいんです」って突撃しました。

――それで見学できたんですか。

「クリスマス休暇でほとんど人いないけど?」みたいな感じで(笑)。「日本から見に来たんです!」って言ったら「わざわざ日本からここに!?」って驚かれました。留学しているってことも伝えたかったんですけど、英語力がそこまで追いつかなくて勝手にどんどん勘違いしてくれて「じゃあ、見せれるとこだけ見せてやるからこいよ」って感じでリーズ大学を見学させていただきました。あとで調べると広いキャンパスに何ヶ所もトライアスロンの施設があったので、ほんとに一部だけを見せていただいたんですけどね。その時に、大学の拠点ではHEAD COACH(監督)が、どちらかというと日本のイメージで言うジェネラルマネージャーのような働きをしているっていう説明をしてくださいました。各競技に対する指導は、スイムコーチ、バイクコーチ、ランコーチ、コンディショニングといった専門のコーチが付くそうです。その見学があってから監督に就任したので、ある意味開き直って、自分が監督になってもスイムからランまで全部メニュー作らなくても、割り振ればいいかなって思えるようになりました。

――かなり貴重な体験ですね。

そうですね。リーズ大学にはヨガのトレーニングもあって、「お前、東洋人だからヨガできるだろ?」って言われて、「いやいや、できないっす」って言ったら「なんだよー、ヨガのコーチがいないから、今探しているところなのに(笑)」ってちょっと冗談も込みで親切に話してくださいました。また、欧米の選手は主張がはっきりしていて、「このメニューをやっても私には意味がない」とかディスカッションがすごくあったので、これはいいなと思いました。いろんな学生に言っているんですけど、自分できちんと考えられるようになって欲しいなって思っています。大学生なので、その辺は自立的にやってもらいたいなと。私自身がフルタイムの監督ではないからできないっていう部分も、もちろんあるんですけど、それを逆手に取って「時間ないから自分らで考えろよー」っていうような。その辺のヒントもイギリスでもらいましたね。

――古郷さんが学生の頃のコーチや監督とは全然違うイメージなんですね。

私が学生の頃に立命館大学でトライアスロンを始めた時は、指導者もいなくて先輩がやってるメニューを真似てやっていました。そう考えると、今はスイムとバイクにコーチがいますし、ランに関しては、毎年、伝統的に陸上部の子が来てくれるので、私の方でフォローしながら学生にメニューを作ってもらっています。うまく分業しながら、私はバランスを取ることだけに集中できるので、スイムの強度が高い日はランを少し抑えようかとか、バイクでロングライド行ってるからスイムでリカバリーして欲しいとかっていう調整をかけることができます。私からは大まかな方針だけ出して、それをもとにみんなが考えてれてるので、非常にありがたいですね。幹部の学生の中には考えることが多いっていうか、脳が疲労するっていうことを言ってる子たちもいますけど(笑)。

――マネージメントするにあたり重視していることや気をつけていることはありますか?

いろんな意味でバランス良くっていうのは考えています。例えば、心肺能力を上げるのにバイクでスプリントに行って、ずっと心肺に負荷かけるような動きが、スイムに繋がってタイムが早くなっていたりするので、3種目やる中で何かに偏っても別に構わないとは思います。でも、同じ部位ばかり酷使して怪我につながるのではなくて、3種目特徴があっていいもと思うんですけど、怪我につながらない程度に分散させています。ランを鍛えるのにランの練習だけが効くと言うわけでは当然ないですし、一つの練習がその種目のためだけではないって言うところも込みで、一つの練習に集中しすぎないように見ながら調整しています。

立命館大学トライアスロン部での指導

あとは大学生なので、学生が主体で、自分たちなりに考えたことをなるべく活かしていきたいと思っています。特に代替わりすると方針がガラッと変わったりしますが、それは各世代の色だと思いますし、年々私も歳をとっていく中で、今の大学生が考えたことをなるべく活かし、介入しすぎないように気を付けています。もちろん直さないといけないところは当然直しますけど。

――学生の考えを聞くために、定期的にミーティングを行なっているんですか?それとも、実際の指導の中で意見を取り入れているんですか?

どちらもですね。年に2回、3週間くらいかけて個別ミーティングを、卒業を控えた学生を除いた全員としています。トライアスロン初心者から日本のトップレベル、世界で戦っていくような選手もいる中で、きちんと個人の目標を確認して、バランスはとりつつ学生が主体的に動けるようにしています。

――部活動の目標を教えてください。

うちの部活のポリシーとして原則どういう選手も受け入れるというのがあります。高校時代は部活に入ってなかった子が頑張っていたり、世界レベルで戦っているような子もいて、幅広くいますが、全員が4年間の中で何か成長して卒業できるように面談ではしっかりと目標を立てます。それを半年ごとに確認しながら、自分の立てた目標を達成するために小さい目標を一つ一つクリアしていく、全員がきちんと成長していけるような状態が継続的に続くような部活を目指しています。

――最後にご自身の今後の目標や夢を教えてください。

私個人としてはオリンピックの審判員をやりたいということで最初の会社を思い切って辞めたんですけど、幸い日本のオリンピック10名の日本人審判の中に選んでいただくことができて、楽しみにしています。今回オリンピックの審判をするにあたって、英語でのコミュニケーション能力や、ルールブックをちゃんと理解する、国内と海外の違いを理解するというところに加えて、自分の足りてない部分って、なんやろって考えました。私は国内ではずっと若手できてて、国際審判員でも自分より若手が2〜3人くらいしかいないので、上のいうことを聞いていれば楽なんですけど、自分で考えて動かないといけないなと思っています。

他の人と差別化するためにも、今はいろいろ参考にして研究していますよ。サッカーだと入場から映るじゃないですか。審判団から先に行って、選手が後から続いてきて。そういう時の立ち居振る舞いを見たり、男性のモデルが自信溢れる感じで歩いているのは何が違うのかとかを調べて、詳しい人に教えてもらってます。「腕の振り方が違う」とか、「もうちょっと大股の方が自信がありそう」とか。年齢層が若いっていうのは、武器でもあり、ウィークポイントでもあるので。若いけど、堂々としているとか、若いけど選手に対して物怖じせずに言えているっていうところが、自分の中ではちゃんとしないといけないなと思ったところで、そういうところは自分なりに考えています。そこまで考えないといけないのかと言われると、どうかなっていうところもあるんですけど。

それでも役に立ちそうなことは全部活かそうと思ってます。何が足りないかとか、自分は何が長所なのかを人に聞いたりもします。「メガネかけてて真面目そうやん」とか、「なんとなくロジカルに喋ってる風に見えるで」とか言ってもらって、じゃあ英語でもそれっぽく喋ればいいかとか、堂々とやればいいかなとかって考えています。私自身が雑談の中でもらったヒントを生かしながら足りない部分を埋めていったので、選手にも自分のやり方を押し付けるんじゃなくて、こういうのもあるよっていうのを見せながら、うまく取り入れられる部分っていうのは取り入れて欲しいなって思ってますね。なるべくロールモデルになれるように。

――柔らかい雰囲気なんですけど、考え方はすごくストイックにされていますね。

いやいや、自分の好きなことしかしていないです。好き放題しているだけですよ。