今から15年ほど前、2007年-2008年にかけて急速に浸透したフィクスド(固定ギア)バイクムーブメント。自転車需要の大半を一般車が占める日本において、それまで「非ママチャリ」といえばせいぜいマウンテンバイクやロードバイク、BMXあたりだった印象だが、世界的なブームがもたらした新たなスタイルは、ストリートカルチャーやファッションを巻き込んで、日本の自転車シーンにも大きな影響を与えた。

当時、完成車でフィクスドバイクを購入できる選択肢はそう多くなかった。彼らはこぞって、競技機材としての役目を終えた競輪選手の中古フレームをベースに、自分好みのパーツを合わせ、完成車を組んだのだ。

既製品の完成車そのままを入手するのではなく、フレームとパーツから自転車を組むということは、それまで自転車競技者の限られた人にしか持ち得なかった概念だったが、やがて自転車競技を行わない層にも不思議とすんなり「あるべき選択肢」として捉えられるようになった。

今回話を伺ったのは、アートディレクター/カスタムビルダーの TSUNE 氏。
先述のフィクスドバイク黎明期に文化を牽引した自転車愛好家集団 PEDALMAFIA (ペダルマフィア)の一員であり、現在は個人名義のNOZLE GRAPHICSとして、主である音楽関連のグラフィック制作を中心に、プロップ(撮影小物)制作、アパレルへのグラフィック提供など、幅広く手掛けるクリエイティブへの依頼が絶えない。

ここ最近はPEDALMAFIAとしての活動は久しく休止しているものの、いくつかのファッションメディア上では自身の所有する自転車コレクションの一部を披露しており、相変わらずの自転車〜カスタムへの偏愛ぶりを感じさせている。今回は、彼にとって久しぶりに自転車関連のプロジェクトとなる FUJI 120YEARS TIME TRAVEL の製作もちょうど佳境にかかったころ、スタジオに伺うことができた。

彼の手によって、さながら年代物のビンテージフレームかのような塗装が施されたFUJIの自転車フレームを前に、彼がPEDALMAFIAとして見ていた2000年代のフィクスドカルチャーや、自身が影響を受けた文化、クリエイティブの源泉などに迫った。

-TSUNEさんの自転車遍歴を教えてください。昔からカスタムするのが好きだったのでしょうか?
小学校の時なんかはいわゆるスーパーカー自転車が愛車で、「俺のは○○段変速だ!」って変速の数を友人と競い合うような、そんな感じでした。ただ、実はそんな中でもビーチクルーザーに憧れがあったんですよ。小学校の時、みんながスーパーカー自転車の中、一人だけ兄のお下がりか何かでビーチクルーザーを乗ってた子がいて。自分はET世代なんでBMXとか、いわゆる軽快車とは少し違う自転車もあるっていうことには認識はあったんですけど、他のどれとも違う形をしたその自転車がカッコよく見えて仕方がなかった。その当時は名前もわかってなくて高校に入ったぐらいにやっとわかるんですけど。

で、中学校になると利便性を求めて、自分も周りもみんなヘルメットで軽快車。でもなんかバランスというか…自分が求めるものと違ってて、どうにかカッコ良くならないかなって言うことで、まずは自転車のカゴ外したんです。そうしたら少しカッコよくなった気がして。もともと兄がNISHIKIのMTB乗ってて、近くでそう言うのも見てたから無意識にそこに近づけたかったのかもしれない。カスタムのきっかけと言えるのかはわからないけど、そもそも最初から「新品をそのまま乗る」って言う選択肢が無かったかもしれないですね 笑。
もちろん専用工具も持っていなかったので、自転車屋に持ち込んだり、部品を外したり、つけたり、傷だらけにしながら、自然と自転車いじりを覚えていった感じです。

-なるほど。高校の時はどうでしょう?
高校に上がる頃には洋服とかにも興味持ってるし、みんなと違うものってことでBMXとかスポーツバイクに乗る子も出てきた。そんな中、自分も何か人と違う自転車乗ったらヒーローじゃないか、みたいな意識はうっすらありました。で、ここでビーチクルーザーを改めて認識するんですよ。自転車探してたら、ファッション雑誌の後ろの方の広告に載っていて、あ、懐かしい!昔憧れてた自転車だ!これって「ビーチクルーザー」って言う乗り物で、海の周りでサーフィンとかする人が乗るやつなんだ!ていう。
でも自分はやっぱり当時からあの独特の形状に惹かれるところがあって。このフレームの部分にプラ板で看板とかつけたらカッコよくなるんじゃないかな、みたいなところがありました。

-既にその形状から何かしらのインスピレーションを得てたんですね 笑。
スウェーデンの軍用車とかでサインプレートがついた自転車があるじゃないですか?その時にはああ言うイメージが頭にあって。オリーブドラブに塗って、ステンシルで番号降ったりしたサイン板つけたら完璧だな!みたいな。で、その頃よく一緒に遊んでた仲間の一人と「良し」とするスタイルが共通するところがあり、2人でカスタムの事ばかり考えていましたね。その仲間は地元青森でPainterやってて、KOKIっていうんですけど今でもマイメンで。
流れでホームセンター行って、カラースプレー買って…そんなにお金もないので、基本的に「何かの流用」「拾ってきた自転車」を改造して仕上げて売るとか 笑。その辺が自転車をちゃんとカスタムした最初かもしれませんね。

「好きだから想像が膨らむし、金がないから工夫もするし、アイデアを出し合う」
と言う感じで、その頃は乗るよりも「仕上げる」事が最終目標で、この過程をひたすら楽しんでました。

-やっぱりどこかストリート的なアプローチを感じます。
一方で、雑誌で言うとCYCLE SPORTSあたりを愛読するようなスポーツバイク層も友達周りにはいました。当時は、未来的な形状をした異形フレームの全盛期だったのもあって、パーツもバトンホイールとか、高校生時分には手の届かないけど、かっこいい自転車があるっていうのは自分も認識してて。その辺の雑誌なんかはよく見せてもらったりしてました。
なので、今もずっとそうなんですけど、ストリートっぽくカスタムを施した自転車と、速く走るためという機能を追求したスポーツバイクへの憧れは、自分の中で常に同時進行で興味を持ち続けているって感じです。

-そのあと、次の自転車を手に入れるまでは早かった?
上京して、好きだった音楽関係の仕事もやりながら、中学〜高校から影響受け続けていたアメリカのカスタムカーカルチャーのおかげで、移動はもっぱら車でした。
ただその時の周りには、既に自転車好きとして知られていた KASHIさん (KASHI DA HANDSOME / MC / DJ / Honey Driipin’)や GOさん ( GO a.k.a.男澤魔術 / MC /黄金の里RECORDS ) がいて。
確か2005-2006年ごろだったかな?KASHIさんがプロ仕様のコンポーネントで組んだゴリゴリのロードを組んだんですよ。言われてみれば都内だったら自転車の方が断然融通効くし、もともと好きだったのもあって、それを傍で見ていてまた興味が湧いてきたんです。
そうこうしているうちに、海外ではバイシクルメッセンジャーが競輪用の自転車を街で乗るのが流行ってるらしいよ、ピストとかなんとかいうらしいよ、なんていう情報が入ってきて…。ちょっとずつ、YOPPIさん ( T19/HombreNiňo ) やメッセンジャーのHALくんとか、GOさんの紹介で当時のキーマンと繋がっていった頃かな…。

-そうなるとやっぱり欲しくなりますよね。
実は自分は「ピスト」ってワードだけは、高校の時から知っていたんですよ。ロードとかMTBとか競技者に憧れている自分を見た親戚のおじさんが「速く走る自転車で、一番シンプルでかっこいいのはピストだ」みたいなことを言っていたことがあって。いろいろ調べてると「フレームバンク」っていう競輪選手の中古品を買えるウェブサイトを見つけて…気がつけば、その時には周り含めて一気に自転車熱がドカンと。

-ブームの前夜って感じがします。
どうやら見た目のカッコ良さだけじゃなくて、スキッドっていう独特の止まり方があるらしいぞってなって。…そうなるとやっぱり、公園に集まりますよね 笑。
当時はまだまだ情報も少なかったんで、みんなが手探り。それこそ海外の映像を見て、逆ペダルで踏ん張っているのか? そもそもコースターブレーキつけてるのか? いやそもそももっと別のものなのか? 談議が始まったり。最終的には「これは一つの技なんだ」ってわかって、その後周りの多くはそのままトリックを磨くほうに行ったりはするんだけど…自分はやっぱりそもそも自転車の造形が好きで。


そんな中、ネットオークションとかで思い出したように「過去の憧れ」を調べてみたりするんです。あの時のTORAYCAのバトンホイール、今でも売ってるのかな…やっす!ってなったり。他にもHALくんから融通してもらったりとかね 笑。 
そうやってパーツを集め出して、組み立てて、組み換えて…ていうことを楽しんでました。やっぱりそうやって組み替える楽しさとかは車と同じなんですよね。CUSTOMではなく、KUSTOMって感じで、「ありもの」ではないオンリーワンのものを作りたい、ていう自分のこれまで好きなものとの親和性もありました。

-やはりエアロフレームなど造形が複雑なものが好きなのでしょうか?
未来的なものへの憧れが強いですね。厳密にいうと、過渡期というか「試行錯誤している時期」のものには、なお魅力を感じます。作ってみたものの実用には向かなかったものとか、造形がカッコいいけどコストがかかりすぎて実現しなかったものとか。そういうの、大好物です 笑。でも実際にその辺の時期のものを手に入れてみると、昔のものっていうのもあって、組み付けるためのパーツが足りなかったり、自分的にも時代的にもっとこうだったらいいのに、がある。例えば、競技用のフレームだからブレーキはつかないとか、フレームは手に入ったけどそれに合うフォークがないだとか。で、そうなると「ないものは作る」っていうのが自然な流れ。

-そこからPEDALMAFIAには、どのように発展するんでしょうか。結成のきっかけやコンセプトは?
コンセプトは…「個が、自分の好きなものを持ち寄った」それだけの会 笑。
きっかけは、前述したKASHIさんやGOさんに誘われてやりだした感じですね。
「この楽しい感じを皆に共有できたら」とか、なんか居酒屋かで呑んでる時の流れで。

-コンセプトが直球すぎて好きです 笑。
自分はエアロが好きだしカーボンも好きだしパーツとかメカ的なところが好き、改造も好き。かたや、ロード大好きでカーボンエアロが好きだったり、もう一方はクラシックなパーツだとかを好む人間もいる。でそうなった時に、みんなどんな自転車乗っているんだろう?とか知りたくなってきたんですよ。自分たちが知りたがってるってことは、みんなも知りたがってるんじゃないかと。
あとは、サイクリストの中には自分のお気に入りをシェアしたい人も多いはずと思ったんです。
俺はこんなパーツをつけてみたんだぜとか、こんなレアなサドルつけてるぜとか、こんなパーツつけてみましたとか、ええっそんなパーツあるの?とか。
まだSNSとかも今ほど発達していない時代、そういうちょっとマニアックなことはシェアできる場所がないし、そのせいで知りたい人もなかなか情報が見つけられない。なので、その場所を作りたかった。当時からKASHIさんのチェック力は半端ないですよ 笑。

-ウェブサイトを立ち上げたのはいつごろですか?
2007年ですね。ちょうど世間で言うフィクスドブームの前夜って感じだったかなと記憶してます。その頃には日本だけじゃなくて海外にもコミュニティができつつあって、日本だけでなく、タイムラグなく自転車のニュースを紹介していくようなプラットフォームをイメージして立ち上げました。久しく記事のアップもしてないですし、サイトは当時のままですが、いまだにドメインは維持し続けていますね。

PEDALMAFIA WEBSITE *画像クリックでWEBサイトへリンク

-WEB立ち上げ当初の最初のコンテンツは「BIKE CHECK ONE TWO」 (ユーザーの愛車を紹介するコンテンツ) あたりですか?
そうですね。世の中のイケてる自転車を紹介しようっていって。むしろ、自分たちも色んな人たちの組み方に興味もあったんです。HIPHOP畑の文脈もある自分たちなので、「MIC CHECK ONE TWO..」にかけて名付けてみたり 笑。
主にGOさんが率先して、当時出来つつあったいろいろなコミュニティーに足を運んで、写真撮って…。でも早い段階で自分たちからの一方的なアプローチでは追いつかなくなっちゃって。「掲載希望者から自由に連絡もらうようにしたら早いんじゃないか?」ってその時に気づきました 笑。そしたら一日100件以上連絡来たりしてましたね。もちろん全部自分たちの趣味というか無償でやってるなかで、そうなると時間がいくらあっても足りなくて…。

-なるほど 笑。ピックアップしていた自転車のジャンルはオールジャンル?
最初からこのメディア自体、別にフィクスドに絞るつもりもなくて。時代の流れや、自分たちが身を置くコミュニティ上、確かにフィクスドは多めでしたけど。実際、ボードメンバーはそれぞれ好きな自転車のジャンルも違いましたしね。ママチャリ、ロード、MTB、BMX…投稿してくれる方自身がカッコいいと思ってる自転車は全部ウェルカムでした。

-その後、PEDAL IDに繋がるんですね
あれも、最初はどちらかというと内々のお遊びというか。当時は個人的なIllustratorの練習も兼ねて、自転車のパーツをトレースしてデータ化してたんですよ。趣味の範囲で(笑)
で、周りで「今度カラビンカのフレームくるんだけど、どんなリム入れようかな?」みたいな話が出てくると、そのデータを使ってPC上でシミュレーションしてあげたりとか。そのうち「これってすごい便利だし、公開できないのかな?」みたいなことになって、自分の知識でもFrash Playerとか使ったらできなくないなってことで、公開してみたんです。
そしたら、日本だけじゃなくて海外のアクセスも増えて、そこで一気に広まった手応えがありましたね。

初めてPEDAL IDを見たときは「なるほど!」って感じでした。まず自分の乗ってる自転車に寄せたものをサイト上でやってみたくなりますよね。実物が手元にあるのに、わざわざイラストでシミュレーションしたくなるっていう。ちなみに、当時のこだわりとかありましたか?
WEBの方のPEDAL IDでいうと、当時みんなが憧れていた名パーツや現在市販されている定番を中心に、実在するパーツをしっかりとトレースしてラインナップすることですかね。形状やサイズ感はもちろん、メーカーの刻印まで、しっかりそのままトレースしてました。WEBのサイズ上、絶対見えないけど…実は拡大すればデータとしてはちゃんと作ってるっていう。1日1アイテムは増やそう、みたいなものは意識してましたね。

当時を知る人であれば活用した人も多いであろう、PEDAL ID の WEB版。Flash Playerのサポート終了につき、現在は動作確認できないが、サイズ感やディテールが精巧に表現されたパーツを組み合わせてカスタム自転車をシミュレーションするコンテンツは、当時非常に画期的だった。

-そこから同名のフィギュアを作るようになったというわけですね?
そのときにはWEBもブログもやって、本も出しちゃったり、DVDでビデオマガジンみたいなものも実際にやってみてはいて…。自分たちが発信していくために考えられることはテンポ良くできている感じはありました。常に「誰もやっていないこと」をやりたくて、仲間とみんなで「新しいこと」を探しながら楽しくやっていた感じがありますね。
で、じゃあ次は何やるかってなったときに、「おもちゃ」はどうかな?てなったんですよ。もともと自分が、フィギュアやプラモデルのパッケージデザインなんかの仕事もやっていたことからその辺のコネクションも多少あったので、コスト感など実際の生産までのイメージは割とスムーズにできたんだと思います。

一見すると違和感を感じないかもしれないが、奥に映るスニーカーと比べてみると、そのサイズの違和感がおわかりいただける。参考画像:Beans

-個人的には、単なる自転車のフィギュアで終わらせず、そこで実際の自転車と同じようにしっかりと「カスタム」できる要素を入れたのがさすがだなって思いました。
そのまま自転車のフィギュアをそのまま作るのもなんか…ね?これ(PEDAL ID-WEB)の世界観をそのままおもちゃにしたらどうなるんだろう、って言うのがありました。WEBを先にやっていて、需要があるっていうのは肌で感じていましたし。
それからは、わからないことも多かったので、実際にパーツを付け替えられるようなギミックに関してメーカーさんと一緒に考えたり…

-ちなみにフィギュア化した時のこだわりは?
実は、一応手の届く範囲の各パーツメーカーさんへは、ちゃんと出向いて公認をとらせていただいたんですよ。スギノさんやアラヤさん、カシマックスさん、ダイアコンペさんとか…本社行って直接話す機会もらってしてOKもらって…。みんな総じてお金とか関係なく「やってくれていいよ」「むしろありがとうございます」なんて言ってもらえたんで、単純にうれしかったですね。なので、実はパッケージには許諾をもらった各社のロゴがしっかりと入ってます。

あとは、例えばステムだったらボルトの表現まで怠らず、ハンドルの角度まで調整できるようにとか、チェーンリングだったらちゃんと外せるようにとか、「カスタムする」と言う行為の本来の楽しさを損なわないために、そう言う面でのリアリティは可能な範囲で追求しました。
スケールや製造工程の都合上、オミットしたりアレンジは多少加えてますけど、極力再現できてるかなと。ただ精密なだけではなく、おもちゃ然とした甘めのディテールも残しつつ。

-作る上でのハードルはありませんでしたか
スケール感は最後まで迷いましたね。世界のどこを調べても、なぜか新旧問わず自転車のフィギュアは1:9で相場が決まっていて。一般的なフィギュアで言うと、1:12とかが多いんですよ。結局最後まで理由はわからなかったんですけど、何か理由があるのかもってことで自分たちは1:9にしました。だからちょっと大きく感じるでしょ 笑。

-言われてみればそうですね。でも個人的にはこのサイズ感も、フィギュアにありがちなチープっぽさを感じさせなくて好きです。じゃあ設計などはTSUNEさんがメインでやられていたんですか?
そうですね。PEDAL IDの設計やギミックなどは自分で図面引いたりしてやってました。ドメインやサーバーに関する費用的なところはGOさんがメインで、コンセプトやPEDALMAFIAのあれこれディレクションなどは皆で考えたり、当時で言うとWEBの更新、フィギュアの設計やパッケージなど、実際手を動かすところは全部自分がやってました。

 

-手掛けるものが幅広い…。ちなみに、今日はFUJIのフレームが目の前にありますが、こちらはどういったプロジェクトですか?
これは、FUJIのブランド創立120周年を記念して作られたFEATHER 120thという製品のPRの一環で、世界に一台のカスタムペイントをフレームに施して、プレゼントしちゃおうっていう企画です。
プレゼントのエントリー自体はもう既に終わっちゃってるんですけど…。コンセプト的には「ブランド創立の120年前から、タイムスリップしてきた自転車があったら?」みたいなテーマでやってます。
最初のお話いただいた時に、コンセプトがありきのものづくりは自分が好きなことだって言うのはありましたし、自分がそのコンセプトを発展させられる「余白」も同時にイメージできたと言うか。

FUJI Feather 120th Special edition by Nozle Graphics *プロジェクトの詳細はこちらより。

-太っ腹な企画ですね。FUJIはやっぱりTSUNEさんにとっても馴染み深いですか?
小学校の時、おじちゃんとかが乗る実用車に、富士山のヘッドバッジがついてたりしたな、って記憶はうっすらありますね。だから、なんとなく昔からある「身近な日本の自転車メーカー」ってイメージ。現在はアメリカ資本になって、ブランドとしてはいろいろあったとは思うんですけど…やっぱり今でも日本のニーズにはどこかフィットしている感じがします。それこそシングルスピードだと、ブームの全盛期から今まで、界隈ではずっと定番。リーズナブルだけどツボをちゃんと抑えたシングルスピードって、特に当時は選択肢がこれぐらいしかなかったんじゃないかなと。

-なるほど。
自分たちが出入りしていたショップでも、これから乗りたいって子にはけっこうFUJIの自転車を勧めたりしてましたもん。当時は特に縁があったわけではないんですけどね 笑。
いま、自分が音楽関連で関わってるメインクライアントはジャンル的にはHIPHOPで、世代的に20後半〜30前半ぐらいの子たちが多いんですけど、その世代は当時からフィクスド乗ってた子も多くて。彼らの中にもファーストバイクがFUJIだった子はいてますし。

-しかしまた、すごい塗装ですね…。こちらはどんな塗料を使われているのでしょうか?
テクスチャを出すための塗料は、自分で色々配合しながら塗料を作って実験しながら…毎回が応用でありながら実戦で、みたいな感じですかね。今は市販でも似たようなエイジングやサビの効果を出せる塗料なんかもあると思うので、誰でも気軽にトライできると思いますし、その気になればこういう方向性のカスタムも選択肢としてアリだと思います。こういう特殊なマテリアルだと、自分の場合はいろいろ混ぜながら作っちゃった方が細かいニュアンスの調整もできるんですよね。いろいろ試しながらだと苦労はしますけど、久しぶりの自転車関連のプロジェクトなので、自分自身も楽しめました。

独自の調合で合成された塗料によって錆や泥、塗装の浮きまでも緻密に表現される

-こう言う技術は、どなたか師匠がいらっしゃるんでしょうか?
いわゆる独学ですね。本、映画、いろんなものから学んだと思います。自分はそもそもアメリカのカルチャーにすごく影響を受けていて。中学の時に、映画「アメリカングラフィティ」の影響で、アメリカの車に興味を持ち始めてから、向こうのカーカルチャーにはすごく刺激を受けました。TVシリーズのバッドモービルなどを創作したジョージ・バリス氏のように、みんなが知ってるような市販の車をベースにしながらも、全然違ったオリジナル車両を作っていく様をみてると、なんとなく「カスタムカーって自分で作れるんだ」みたいなマインドが、どこかにありましたね。そのうち、「ナイトライダーとかも自分で作れるのかな…」とか。単純な好奇心だけで今まで突っ走ってやってる感じです 笑。

-確かに、このレタリングは海外のサインペインティングの要素も感じますね。
向こうは看板とかも、なぜかかっこいいじゃないですか?もともと絵を描くこともそうですしレタリングは好きだったので、学生の頃はそういう頼まれ事もちょこちょこ頼まれたりしては、自分自身楽しんでやってましたね。体育祭の横断幕とか、ポスターとか。年頃になれば友達のバンドのフライヤーデザインとか。でもその時はまだPCでデザインして…て言う感覚はないので、手描きでそれっぽく書く基本が身についたのかもしれません。特にこのペイントは、テーマが遥か過去からやってきた自転車なので、特に手描きの少し崩れた感じや、質の高くない塗料で描かれたような雰囲気を意識しました。

でも、自分としては一方でコンピュータとかCGとかもすごく好きだったので、実はそういう興味もずっとありました。当時はまだ「パソコン通信」の時代。インターネットのイの字もなくて、「草の根BBS」っていう今で言う2チャンネルみたいなものの走り的な。そう言うもので色々情報得たりとかしながら、独学でいろいろ学びました。

-TSUNEさんの中で、カスタムとアートの違いってあるんですか?
まず自分は、芸術っていうよりは、昔から技術って名前のつくものが好きなんですよね。ものの仕組みとか。自転車でも、自動車でも、プラモデルでも。簡単なプログラミングを覚えたのも、すべてそういう技術と未来への憧れというか。で、そういう技術を使って、カスタムというか…「普通のもの」を違うものにするということは自分にとってかなり自然な行為な気はしてます。
アートは…自分はアートっていうアートを通ってなくて、その辺の概念は全くと言っていいほどわかってないんで、あまり変なことは言えないんですが…。

-同じくアートに詳しいわけではないのですが、かといってTSUNEさんの作品は、一般的にイメージされる「改造」とはちょっとレベルが違うな、と…。
ありがとうございます。最近になってようやく、自分が作ったものがときにアートとして受け止められることもあるっていうのはなんとなく認識はしてるんですけど…。それでいうと、自分の思いを形にするっていう行為は、もしかするとアートの始まりなのかもしれないですね。
でもやっぱり自分が「技術」に対して惹かれるところは変わらないかな。知らない人に自分のことを紹介する時は、「technically nuts」(=技術狂)なんて言ったりするぐらい。

多分、基本的には昔からの裏方意識が取れてないんだと思います。自分が前に出ていくことに馴染みがないと言うか。これまで色んな仕事をやってきて、いいものができた時は自分のSNSとかで披露したいものもいっぱいあるんですけど、「クライアント的に今は出しちゃまずいかな…」とか言いながら結局そのタイミングを逃しちゃうタイプ。
自分は90年台後半ぐらいからずっと音楽業界でやってきてて、当時だと個人の発信で言うとブログとかぐらいしかないし、そもそも裏方の製作に関わる人間をフックアップする文化はなかった。最近は、時代も変わったし、多種多様な業種からの依頼だったり、音楽レーベルの SUMMIT とか、新しい時代のやり方をする人たちと一緒にやらせてもらうことが多いんで、そう言う感覚も少しは変わってはきましたけど。
というか、単純にシャイなんですよ 笑。

『Quick Japan vol.147』PUNPEE特集「21th Century : common people odyssey」に寄稿したイラスト ©︎Quick Japan  ©︎ SUMMIT, Inc.

TSUNEさんを形作るカルチャーが垣間見える、アトリエの作業台周り。もはやどれが自作で、どれが既製品なのかわからない。
アトリエにはそれとなくマニアックなオールドパーツが転がっていて、自転車への造詣の深さも感じられる。
アクリルや樹脂粘土などで製作した原型から型を作って、レジンを流し込んで…。すべて独学でありながら、フィギュア製作もお手の物。
こちらは個数限定で発売した分電盤型フィギュアとその原型。街行く人にとっては、気に留めることなく見過ごしてしまう都会の構造物も、TSUNEさんにとってはストリートカルチャーを色濃く感じる象徴。現在は購入できないが、今後も不定期でドロップされる彼の「手仕事」はこちらでチェック。

自転車だけでなく、音楽〜カスタムカー〜サインペインティング〜フィギュア〜トイに関わる博学さと技術を持ち合わせながら、「ほとんど独学だし、自分がプロと言うのはおこがましい。」というTSUNEさん。スタジオに何気なくおかれている自転車やオールドパーツを片手に拾い上げ、それらにまつわるストーリーを楽しそうに話してくれるその姿は、自分の好きなものに囲まれた秘密基地で時間を過ごす少年のように無邪気だ。

 

-これから「自分の自転車もカスタムしてみたいな」って方がいた時に、コツや注意点なんかはありますか?
「あったらいいな」の延長線上を自分で想像してみる、みたいなことでいいと思います。自分だと、耳年増(みみどしま)的なので、ネットで調べたものや友達から聞いたこととか、好きで色々情報入れるしそこから得るものも大事にして、インプットしてますし。でも、注意点として強いていうなら、自転車は実際に乗るものなので、安全面でクリアできてるかとか、その辺を相談できるショップは欲しいですよね。
自分もそういうショップには随分お世話になったんです。例えば構造的に危ないとか、ボルト閉めただけじゃ危ないのかな、とか。そういう「自転車的な嗜み」の観点でもしっかり相談できるところは必要かなとは思います。

-最後に、彼を突き動かすものは何なのかを聞いた。
以前、故D.L(ex.BUDDHA BRAND/DEV LARGE、2015年に逝去) と一緒に DEVASTATOR Ent.っていうレーベルを立ち上げたんですが、その時も標榜として【Your shit, My shit, No equal. Made by 13th floors people.(お前がいいと思うものと俺たちがいいと思うことはイコールじゃない。なぜなら俺ら13階の住人が創ってるから)】って言う感じでやっていて。要は「周りはいいというものをやたらと俺らに宣伝してくるけど、俺らは別にそれに興味はない。自分たちがいいと思うものをやるだけだ」っていうところなんですけど…。
※13という数字は西洋を中心に一般的には忌避される数字であるが、転じて「13階の住人」=「別次元の住人」ともとれる数字でもある。

なので、本当に好きなだけですよ。自分で情報取りに行って、手を動かしながら何かを形にしていくことは、昔から自分にとってはすごく自然な行為なんです。ある時そんな自分の好きなことで、周りが喜んでくれていたことが嬉しくて…基本的には今もそれがずっと続いてる感じです。
何より、俺が好きな事を集中して作業できる環境をいつか一緒に作りたいと願っていたコンさん(D.L氏)に見せていきたいなというのも原動力のひとつ。

色々やってて何屋かわからなくなることもあるし、ほとんどのことはプロからの教えを受けたわけじゃないし、全部独学なんで恥ずかしくてプロとはいえないですけど、だからこそ縁あって自分に依頼をくれた方には、常に120%のプロダクションで返すことは意識してます。

TSUNE ( NOZLE GRAPHICS / PEDALMAFIA )
現在はHIPHOPレーベル SUMMIT関連のアートワークを数多く担当する、アートディレクター/グラフィックデザイナー a.k.a 用務員。故D.L(ex.BUDDHA BRAND/DEV LARGE)の電脳参謀/周辺アートワーク/D.Lと共に立ち上げた〈DEVASTATOR Ent.〉の代表としても暗に知られている。
カスタムカーなどの特殊塗装やペイント技法、ピンストライピング、手描きによるフライヤー制作などからはじまり、電子工作やプログラミングなどアナログ/デジタルにとらわれないグラフィックデザイナーとして活動を開始。自転車愛好集団「PEDALMAFIA」では主にビジュアルデザインを担当し、グッズや映像作品、当時まだ普及していなかった電子書籍等、様々なメディアや手法で展開。ストリートバイクブームの先駆者となりシーンより絶大な支持を得る。個人名義のNOZLE GRAPHICSでは、さまざなアーティスト/レーベル/アパレルなどへジャンルレスにグラフィックを提供したりする傍、立体物の製作、モーショングラフィック製作など活動もさらに多角的に。表現活動の領域はA・B面問わない“Straight up 別次元”なVISUAL HACKTIVIST。