前傾姿勢でスピード感のある走りが楽しめる「スポーツバイク」と、気品があり正に日本文化の象徴である「着物」。一見、対極にあるように思うこの二者だが、雅な着物を纏った方がロードバイクで颯爽と走り抜けると粋な感じでこの上なく格好良いのではないか……そういう思いを長年抱いていた。いや、実際にはそういうビジュアルをネットで見たことがあった。ただ、強烈なインパクトとともに、どこか引っかかるものがあった。実際に乗れるのだろうか。安全に。

KIMONOでジテンシャ。をテーマに考えてみたい。業界人として、またメディアとして、広く世間に情報を発信する以上、安全面の担保は必須項目だ。そこで今回は、着付けのプロに「着物で安全にスポーツバイクに乗る方法を教えてほしい」という無茶振りを試みた。ご教示いただくのは、着付け教室「きものたまより」を主宰されている堤 千草さん。教室では生徒と講師が一対一のマンツーマン形式を採用し、その方にあった様々なレッスンコースを用意している。

美しさ、華やかさだけでない、機能性も兼ね備えた衣服としての着物

LINZINE:以前にブログで書かれていた「着物でも自転車に乗れます」という記事を拝見しました。掲載されていた写真は劇団の観劇に行かれた際にご友人に “激写された” もので、自転車はシティサイクル(ママチャリ)でしたが、「子どもの頃から浴衣姿で自転車は乗り回していたので和装チャリ歴25年」という説明に説得力があったので、ぜひこの方に教えてもらおうと考えました。はじめに、堤さんの着物との出会いについて、教えてください。

劇団の観劇に行かれた際にご友人に “激写された”、自転車に乗る堤さん。

堤さん:祖母が着物好きで子どもの頃からお正月や七五三などの行事の時はよく着物を着せてもらっていました。わたしは記憶にないのですが、着物を着たら最後なかなか脱ぎたがらない子どもだったそうで、子供の頃から着物は大好きだったみたいです。自分で着付けをしようと思ったのは24才の頃です。実家の箪笥に祖母や母の着物がたくさん眠っていて、すごく素敵だな、普段に着てみたいなと思ったのがきっかけで着付けを習って着始めました。

LINZINE:着てみたいという最初の思いから、着付け教室を開業されるところまで到達されたのは凄いと思うのですが、やはり着物にはそこまで心を奪われる魅力があるということでしょうか。

堤さん:そうですね。着物の魅力を語りだすとたくさんありすぎて、えらい時間になってしまうと思うのでその中でもわたしが着物の好きな所を2つ程お伝えすると・・・わたしは洋服はどちらかというとモノトーンの物ばかりついつい着てしまうんですけど、着物だと明るい色や華やかな柄の物でも不思議と浮かずに馴染むんですよね。そういう明るい色のもの、華やかな柄の物を着ると心も明るくなる効果があるなーと感じるのでそんなところが着物の魅力の一つです。

堤さん:もう一つは、健康面についてです。元々わたしは腰痛持ちでくしゃみをするだけでもぎっくり腰になるというガラスの腰の持ち主だったんですけど、着物は腰紐と帯がコルセット代わりになって姿勢がよくなるので、着物の時は腰痛がまったく出なくなったんです。そんな健康面でも魅力的なのが着物です。

LINZINE:そうなんですか!いきなり説得力のあるお話で驚きました。確かに華やかな色柄でも着物は上品に着こなせそうですし、姿勢も良くなりそう。見かけると思わず振り返ってしまうほど着物は純粋に美しいですし、着物姿の方の立ち居振る舞いにも魅了されます。着物はいくつかの種類に分かれると思いますが、簡単に言うとどういったタイプになりますか。

堤さん:大きく分けると普段着で着る着物と結婚式の参列やパーティー、お子さんの入学卒業などの行事など改まった席で着る礼装着物の2つに分かれます。素材別だと正絹・ポリエステル・木綿・麻・綿麻・ウールなどがあります。正絹の着物は纏うと贅沢な気持ちにさせてくれますし、正絹以外のポリエステル・木綿・麻・綿麻・ウールはお家でもじゃぶじゃぶ洗える素材なので気軽な気持ちで着ることができます。

普段着着物について説明する堤さん(右)。

LINZINE:着物を自分で洗うイメージはありませんでしたが、普段着としての着物は確かにそうですよね。そういった種類の話とは別に、季節によって暑さ寒さに応じた着こなしなどもありますよね。

堤さん:そうですね。着物には裏地のついている袷(あわせ)の着物、裏地のついていない単衣(ひとえ)の着物、夏場に着る薄物というものがあってそれぞれ着る期間がおおまかにあります。裏地のついている袷の着物は10月から翌年の5月まで、裏地のない単衣の着物は本来なら6月と9月のみの着用だったのが、温暖化の影響で許容範囲が広がってきてまして、最近では春の4月半ばくらいから着始める方もいらっしゃいますし、秋は9月が終わっても10月末まで着ててもOKという感じになっています。

堤さん:着物は暑いというイメージを持たれている方が多いと思うのですが、夏場に着る薄物はその名のごとく薄くて透け感のあるものや麻の素材のものなので、みなさんが想像されているよりずっと涼しいと思います。それから冬場はとっても暖かいです。肌着、長襦袢、着物と前身ごろを重ねて着るものなので洋服よりも布が多く、空気の層が生まれて身体の芯が温められます。首や手首など出ている部分はお外に出たら寒いですけど、その時は長手袋とショールなどで防寒すればバッチリです。

LINZINE:考えてみれば着物は日本の伝統的な民族衣装ですから、美しさ、華やかさだけでなく、四季のある日本の気候風土にも合う衣服なんですね。着物のそんな良さを知ると着たくなりますね。以前は着物にはハードルの高さを感じていましたが、近年は京都など観光地でレンタル着物や舞妓体験のサービスを目にすることが増えました。アンティーク着物やリサイクル着物といったジャンルもありますが、それだけ着物ファンが増えているのでしょうか。

堤さん:増えていると思います。Instagramやtwitterを見ると着物を普段着にお召しの方が沢山いらっしゃいます。正統派の着こなしから裾を短くしてブーツやパンプス、スニーカーを合わせていらっしゃったり、長襦袢代わりに着物の下にシャツやタートルネックなどを着て、洋服ミックスを楽しまれている方もいらっしゃいますね。着物は高いというイメージが一般的にあると思うのですが、リサイクル着物だと1,000円くらいから手に入るのでお値段の面でも昔よりも確実に着物を着るハードルは下がっていると思います。

LINZINE:正統派の着物はもちろん好きですが、型にはまらず個性的な着こなしを楽しむのも素敵ですね。何だか自転車にも似たような点を感じます。

「粋」で重なる、KIMONOとジテンシャ

LINZINE:子どもの頃から浴衣姿で自転車は乗り回していたとブログで書かれていましたが、これまでの堤さんと自転車の関わりについて教えてください。

堤さん:自転車は幼稚園の頃から乗り始めたと思います。小学校高学年の時に悪女(わる)というドラマがあって、その主人公がクロスバイクを颯爽と乗りながら会社に通勤していて、「わーカッコいい!わたしもこんなのに乗りたい!」と思ってその年のクリスマスプレゼントにねだって買ってもらったことがあります。ちょうどその頃から夏祭りに行くのに浴衣で自転車に乗り始めました。さすがに浴衣でクロスバイクは難しいので、その時はママチャリタイプを乗っていましたが(笑)。その後も小型の自転車に乗り換えたり、ママチャリに乗り換えたりして、今に至る…という感じです。

浴衣を着た子どもの頃の堤さん。

LINZINE:昔に比べてスポーツバイクに乗られる方が増えていますが、堤さんから見たスポーツバイクってどんなイメージですか?

堤さん:小学校高学年の時に感じたイメージのままですね。颯爽としていてすごくカッコいいなと思います。あと最近街で見かけるスポーツバイクはすごくスタイリッシュで教室近くの大阪ビジネスパークなどのビジネス街にすごく馴染むなと感じています。

LINZINE:着物もスポーツバイクも、粋なところが共通していますね。

堤さん:なるほど!本当にそうですね!

検証:見た目と安全面での対策

LINZINE:堤さんはブログで「万が一裾が車輪に絡まるといけないので着物で自転車はおすすめはしませんが、乗れんこともないのよ…というかんじで着物生活の参考にしてみてくださいね~!」と書かれていました。今回は多くの方の目に触れることを前提に、安全な乗り方や着こなしを探ってみたいと思います。自転車はシティサイクルのようにフレームが低くて跨ぎやすいタイプと、逆にスポーツバイクの中でも最もフレーム位置が高く前傾姿勢で乗るタイプの2種類をご用意しました。

LINZINE:まずこちらは、一般的なシティサイクルに近いアップライトなポジションで乗れるモデルとして用意した、TernのHSD P9です。高性能な電動ユニットを搭載したカーゴバイクで、重い荷物を載せていても安定して楽に坂を上ることができます。

HSDにはチェーンガードやマッドガード(泥除け)が標準装備されているので、着衣が汚れにくい。170kgまで耐えるテストに合格するほどの耐荷重を誇るHSDだが、着物姿とも案外違和感がない。

堤さん:今日は小紋という着物と名古屋帯という帯を締めています。どちらも普段着です。それにソムリエエプロンを巻いています。ソムリエエプロンは丈が長めで幅も広いのとぐるっと身体に巻けて、着物の裾がはだけにくいです。

LINZINE:なるほど、着ているものが車輪などに触れて危ないというよりも、着物の裾がはだけるのを防ぐ、見た目の問題への対策なのですね。あと、履物ですが、着物に合わせる草履は脱げやすいということで今日穿かれているのは……

堤さん:地下足袋になります。足の裏がゴム底なのでスニーカー感覚で履くことができ、何より心地よいのでおすすめですよ。

LINZINE:着物のままでごく普通に乗られていましたね。へぇ〜って拍子抜けしました。

堤さん:はい、着物だからと言ってそれほど特別視しなくても大丈夫ですよ。この自転車はフレームが低いので、着物でも跨ぎやすくていいですね。上り坂でも電動アシストで楽なので、夏でも汗を気にせず乗れそうです。

LINZINE:こちらはトップチューブが水平なホリゾンタルフレームを採用している、同じくTernのRIPというモデルです。ストリート色の強いバイクなので、この車体に着物で乗れたらインパクト大でしょうね。ネットで調べてみると、裾がはだけないように伸縮性のあるゴムベルトの着付け用品で留める方法もヒットしますが、留め具が裾から外れてチェーンや車輪に絡まる恐れもあるため、今回は自転車メディアとしてより安全な方法を教えていただくようお願いしました。

エアリーで攻撃的なスタイルによる、ストリートでの圧倒的な存在感。フレームサイズは3サイズ展開。身長150cmから対応する写真の460サイズも、6450Cサイズのホイールを採用することでホリゾンタル(水平なトップチューブ)を実現している。

堤さん:こちらはトップチューブの位置が高く着物とソムリエエプロンの組み合わせでは跨げないので、サルエルパンツを用意しました。着物の上からサルエルパンツをすっぽりと履いています。着方は、まず裾除けと呼ばれる肌着・長襦袢・着物の裾を一旦上にめくり上げて、それを紐で固定してからサルエルパンツを履きます。めくり上げた裾はすべての胴周りのところにおさまるように入れています。これでスポーツタイプのバイクも跨げます。

LINZINE:サルエルパンツはもんぺよりもスタイリッシュ。さらに、ロングタイプの地下足袋だとパンツをインすることができて、安全面だけでなく見た目も格好いいですね。

LINZINE:乗れましたね!着こなしを拝見して大丈夫なのは分かっていましたが、実際に見て安心しました。これであれば広く発信できます。

堤さん:久しぶりにスポーツバイクに乗りましたが、このスピード感はやっぱり気持ちいいですね。今回改めて着物で安全に乗るコーディネイトを自分でも整理できたので良かったです。着物の楽しみと自転車の楽しみの両方を楽しまれる方が増えたら嬉しいですね。

自由に着物を楽しんでほしい

LINZINE:堤さんの「きものたまより」は昨年10周年を迎えられたそうですね。おめでとうございます。これまで様々な生徒さんがおられたと思いますが、どういった方が多いのでしょうか。

堤さん:ありがとうございます。おかげさまで教室も11年目に入りました。教室は女性限定でマンツーマン形式でレッスンしています。年齢は様々で小学生から上はわたしの親世代の60代後半の方までととても幅広いです。一番お若い小学校4年生のお嬢さんは自分で浴衣を着たい!とお母さんに頼んで通ってくださいました。20代30代のお嬢さん方はファッションの一つのアイテムとして着物を着てみたいとおっしゃる方が多いですね。30代後半から50代のママさん方はお子さんの入学卒業式などの行事に着物で参列されたいという理由で習われる方が多いです。

マンツーマン形式のレッスンで、生徒の要望に合わせたカリキュラムにも対応できる。

堤さん:自分で着物を着る自装コース以外にも人に着物を着せる他装コースがあって、そちらには成人式にお嬢さんにお着付けをされたいお母様からお仕事で着付けの技術や知識が必要な美容師さんやヘアメイクさん、雑誌の編集者さんなどがおられます。

LINZINE:着付けをひと通り教えてもらっても、なかなか難しい点もあるのではと思うのですが、如何でしょうか。

堤さん:わたしも初心者の頃は着崩れたり、着物を着ていてしんどくなったことがあります。自分自身の経験からそれがなぜそうなったのかの理由、そしてそうならないための気を付けるポイント、あとはその対処法などをお生徒さんたちにしっかりお伝えしています。うちの教室はマンツーマン形式で、不器用さんと練習嫌いさんのための基本コースという名前の他の教室にはない復習回を多めに設けたカリキュラムになっているので、コース名通り人より不器用な方や練習時間がなかなか取れない方でも習得できるように手取り足取りレッスンさせていただいています。

堤さん:また、コース修了後も修了後1年以内は各単元1回ずつおさらいレッスンが無料としているので、着物を着ていてうまくいかない箇所が出てきたという時に利用してもらっています。

LINZINE:ちなみに「きものたまより」はどういう経緯でつけられた名前ですか。

堤さん:着付け教室を始めるにあたって、屋号を決めなくちゃいけないとなった時に全然思いつかなくて困っていたんです。以前に本屋さんで買った日本の神様カードというオラクルカードが家にあって、「屋号が思いつかないので、ヒントください!」と心の中で念じながらカードを一枚ひいてみたんです。それが玉依姫命(たまよりひめのみこと)という神様のカードで、名前の響きが可愛いな、それに女性の神様やし着付け教室にちょうどピッタリということでそのまま『きものたまより』という屋号にさせてもらいました。

LINZINE:今回は着物の自由さや、難しいと身構えなくても良いことが分かりました。最後に、着物にまだ触れたことのない方に、一言お願いします。

堤さん:今回のインタビューで着物へのハードルが下がれば嬉しいです。正統派の着付けでも洋服ミックスの着付けでもとにかく着物を着るととても心躍りますので、この記事を読まれて少しでも着物っていいな、着物を着てみたいなと思われたらぜひトライしてみてください。

 

*協力 きものたまより
*車体 Tern / HSD P9(Dune) 
    Tern / RIP(Matte Black)
*ヘルメット LAS / ENIGMA(MATT BLACK)

*この記事で紹介している情報は、2022年2月時点の取材に基づいています。
*着物を着用した状態での自転車への乗車は十分な安全を確保したうえで、自己責任でお楽しみください。