愛媛県で最も小さい町、松野町。日本最後の清流と呼ばれる四万十川の源流、滑床渓谷から流れる目黒川のほとりで、2020年3月に森の国 「水際のロッジ」がオープンした。水辺にたたずむ3階建ての建物には、10室の洋室とピッツェリア、吹き抜けのロビーラウンジが。これまで多くの旅を重ねてきた株式会社サン・クレアの代表の「その土地で生きる方々との出逢いこそが旅の本質である」という思いのもとリノベーションしたロッジ型の宿泊施設だ。その「水際のロッジ」が2021年11月、貴重なロケーションを体感する宿泊者向けアクティビティとして、eBikeによるレンタサイクルサービスをスタートさせた。レンタルする車体はTernのVEKTRON S10だ。

今回はその「水際のロッジ」でeBike事業に携わってきた井上美羽さんと、株式会社サン・クレア取締役の中田知彦さんに、「水際のロッジ」のコンセプトや最新のeBikeを導入した経緯について話を伺った。

LINZINE:昨日ご案内いただきましたが改めて今朝、一人で朝食前に川沿いを歩いてみました。川の両岸に散策路が整備されているので歩きやすいですね。しばらく歩いて振り返ると、ジブリの世界のような深い森の幻想的な景色で驚きました。川岸に座って、30分くらいぼーっと森に浸っていました。散策路から川に降りやすいのもいいですね。

井上さん:とにかく、ここは水がいいんです。川岸に降りると、水や森の力強さがより一層近くで感じられますよね。川の水も森のミネラル豊富で、顔を洗ったり、足を水につけてみたりするのも気持ちが良いですよ。

LINZINE:また昨夜、夕食後に少し散策したのですが、満天の星に驚きました。街の光がまったく無いことと、空気が澄み切っているからでしょうか。星が眩しいというか……星ってこんなに明るかったのかって。清流や食事も素晴らしいですが、この星空だけでもここを訪れる価値があると思いました。いつか子どもに見せたいな、と。

井上さん:昨夜は特に綺麗でしたね。この辺りは山に囲まれている分暗くて美しい星空を見られます。また、山を降りて目黒の集落の方からは開けた空一面にプラネタリウムのような星空を見ることができるんです。

今回ここを訪れたのは3月下旬。これからの新緑の季節が一番、森の風景が綺麗になるそうだ。朝の散策の帰り、ロッジの玄関前で2頭の鹿に出会った。

価値観が変わりSDGsにシフトした

LINZINE:サン・クレアでは、単に寝泊まりするだけのハコではない、「地域コミュニティーのハブ」となるような地域密着型のホテルをキーワードに、複数の宿泊施設を運営されています。この地では元々、1991年に森の国ホテルが開業して話題となったものの、指定管理者の解散や豪雨災害など様々な理由により無期限休業となり、町が別館の「森の国ロッジ」をリニューアルして民間への譲渡を決め、サン・クレアに決まったそうですが、サン・クレアが超限界集落と言われるここ目黒地区で「水際のロッジ」をオープンさせた経緯から教えてください。

中田さん:2018年の西日本豪雨をきっかけに森の国ホテルが休業し、民間への委託が決まった際、瀬戸内海でホテル事業を展開していた弊社が、地域に根付いた経営を推進していることからコンペで選ばれました。弊社はビジネスホテルを長らく運営してきましたが、5年ほど前にはインバウンドの影響で福山オリエンタルホテルの稼働率が9割を超え、すぐ横のワンルームマンションを別館として準備することになりました。その際、他のホテルと同じことをしても面白くないと思い、地域コミュニティのHUB~拠点として「人」と「人」をつなげることをコンセプトに「ANCHOR HOTEL FUKUYAMA」を開業しました。「ANCHOR」は、「アンカリングー碇をこの土地に下ろす」という意味を込めて命名したものです。

中田さん:「水際のロッジ」をオープンする時にちょうど新型コロナウイルスが日本でも広まり、すぐに休館することになりました。これまでもただホテルという箱を作ることが我々のミッションではないことは感じていましたが、この土地に来て価値観が大きく変わり、より多くの人にきてもらい、売上を上げるという経済主体の考え方から、自然との共生というより環境主体で会社の経営を考えるようになりました。ここでは地域の人たちとの取り組みに、使命感を燃やしてやっていますね。弊社では今、自然豊かな滑床渓谷の森と、四万十川の源でもある清流「目黒川」を有するこの地で、「森の国Republic構想」を進めています。「リモートワーク、ワーケーション、移住ライフ」X「大自然を有する超限界集落、素晴らしい農産物、スローライフ」X「DATA x AI、テクノロジー、Society 5.0 、Great Reset」という社会環境の変容を背景に、「関係人口増加のきっかけづくりとしての森の国ホテル再生、水際のロッジの運営」に取り組むものです。人口の50%以上が65歳以上の高齢者となった限界集落の目黒地区で30年ぶりの新たなお店としてオープンさせた「森とパン」もその取り組みの中の一つです。「映え」「お洒落」ではなく長続きする本物志向の活動をいくつも始めています。昨年からはワサビの栽培、滑床渓谷の清流水でつくる無農薬の米づくりなどにも取り組み始めました。

eBike事業に携わってきた井上美羽さん(左)と、株式会社サン・クレア取締役の中田知彦さん。後ろは「水際のロッジ」から徒歩数分の距離にある「出合滑」。

LINZINE:今回の最新のeBikeの導入もですが、「水際のロッジ」では人の手が及んでいないありのままの自然に囲まれるだけでなく、世界一のピッツァ職人がプロデュースしたピッツェリア(イタリア料理店)で、ナポリの食材と松野・四国の食材でつくるSTG(EU特産品保証)世界基準のピッツァを楽しめるなど、相当のこだわりが感じられます。このような取り組みは、どういったお客様を対象にどのような考えで企画されているのでしょうか。

中田さん:ペルソナは設定していません。私たちと同じ価値観を持った方にお越しいただきたいと考えています。ここの自然、渓谷に価値を感じる方、東京では味わえない時間を過ごすことに価値を感じる方、一般的な客室の設え、設備ではなく、旅の醍醐味である食事が地元の食材にこだわった本物志向のピッツァで、地元の野菜とコラボすることで地域の活性化につながっていることに価値を感じる方などです。

LINZINE:「水際のロッジ」では宿泊者向けに、滑床渓谷国立公園の貴重な自然を生かした様々なアクティビティを提供されています。キャニオニング、森の中でのサウナ、ツリークライミング、焚き火を囲む……など色々楽しそうですが、特に人気なものは何でしょうか。

井上さん:ここのオンシーズンは夏なので、ほとんどの皆さんがキャニオニングに興味を持たれています。ここは「滑床」という文字どおり天然の地形を活かした日本屈指のスポットです。また、一般的にキャニオニングといえば宿泊先から現地まで長距離の移動を伴いますが、ここはベース基地となる「水際のロッジ」からすぐのところで楽しめますので、立地的にも優れています。

四万十川の支流である目黒川の上流に広がる滑床渓谷。 侵食によって洗い清められた花崗岩の滑らかな河床が特徴で、千畳敷や出合滑と呼ばれる広大な岩肌を、清流が止めどなく流れる美しい光景を見ることができる。 また、巨大な一枚岩の斜面を優美にすべり落ちる雪輪の滝は、滑床渓谷の象徴であり「日本の滝100選」にも指定されている。

中田さん:ファミリーでお越しの方には、3時間1セットの田舎体験が人気です。竹を切って作った釣り竿で渓流釣りを体験したり、焚き火なども現代ではなかなか体験しないのではと思います。火が本当に熱いことも知らない子どももいますので、遊びをとおして学んでいます。

LINZINE:井上さんは現在、サステイナブル・レストラン協会の活動に携わりながら、食を中心としたサスティナブルな取り組みや人を発信するフリーライターとして活躍され、首都圏と目黒地区の2拠点で生活を送っているとお聞きしました。都心の生活をされていた井上さんがどのように水際のロッジと出会い、今のスタイルに至ったのでしょうか。

井上さん:大学卒業後は、環境負荷を低減することを理念に掲げた都内の企業に新卒で就職しましたが、もっと自分がやりたいことを考えるようになっていた時に、ちょうどここを訪れ、衝撃を受けました。都会で求めていた理想の循環型社会のモデルがここにあることを目の当たりにしました。超限界集落の田舎でこそ成り立つ循環型社会の土壌があると感じ、この町に関わるために、悩んだ末に退職してフリーランスになりました。仕事も、場所も、生き方も、全部自分で選ぶことに決めることにし、東京と愛媛県松野町との2拠点生活という新しいライフスタイルを始めました。

ロッジ内のレストラン、野生のピッツェリア「SELVAGGIO」では、地元を始めとする国産の農作物、魚介類など、素材をとことん追求し、四国、瀬戸内の食材の豊かさを感じていただける料理を、生産者の見える化、口頭での食材の魅力訴求と共にお客様に提供している。清らかな水があり、山菜や木の実や野菜が採れる山里があり、貝や魚が取れる海が近くにある。また、燃料となる薪が手に入る素晴らしい環境の中で、生産者の顔が浮かぶような食材を使い、イタリアの食と松野や四国の食材の融合、そして持続可能な食文化の創造を、サン・クレアは目指している。

土地の人と関われるeBikeのある生活

LINZINE:2020年3月のオープン以来、美しい自然環境を活かして大人も子どもも楽しめる野外アクティビティをお客様向けに提供してきた「水際のロッジ」が、eBikeのレンタサイクルを開始しました。スポーツ自転車業界ではeBikeは今最も熱いカテゴリーですが、一般の方の認知はまだまだだと思います。今回eBikeに着眼したのは、どういった経緯でしょうか。

井上さん:それまで私自身、自転車はママチャリしか乗っていなかったのですが、この自然の中を自転車で移動できたら気持ちいいいなと思って、自転車に詳しい方に聞くところから始まりました。クロスバイクでは滑床渓谷の山道を上れないので、自ずとeBikeになりました。環境の視点からも車はなるべく避けたかったので、eBikeはとても良いツールだと思いました。オランダのアムステルダムやデンマークのコペンハーゲンがサスティナブルタウンとして注目されています。アメリカの環境活動家であるポールホーケンの著書『DRAWDOWNドローダウンー地球温暖化を逆転させるための100の方法』のうちの一つとして「自転車で移動できる街づくり」があります。私がサン・クレアに惹かれたのは、地元の方の生活や活動をピックアップしながら環境問題に取り組むサン・クレアのまちづくりの考えと共感したためなので、車を使わずにこの山間部を移動できる乗り物としてeBikeは最適だと考えました。

LINZINE:電動アシストによって起伏のある土地でも走りやすい点や、排気ガスを出さないので自然環境の保護にも繋がるというeBikeのメリットは容易に想像できますが、これまでにレンタサイクルを利用されたお客様の反応も含めて、使い勝手は如何でしょうか。

井上さん:2021年11月に行った町のイベントで、VEKTRONの他に、クロスバイク型のeBikeの2種類を一般の方に貸し出したのですが、スポーツタイプのクロスバイクは慣れていない人には乗りにくい様子が見られました。対してVEKTRONは初心者でも乗りやすいし、デザインも可愛いので、女性にもハードルが低く気軽に乗れていました。スポーツ的にも乗れますが、ピュアスポーツ志向ではなく一般の方に貸し出すレンタサイクルとしてもVEKTRONは最適だと思います。

森の国をE-bikeで駆け巡ることができれば、日々車で通り過ぎてしまう森の国の景色を新たな目線で味わうことができるのではないだろうか・・・?という考えで実施されたイベント「松野町目黒 大自然文化祭」のチラシ。

LINZINE:TernのVEKTRON S10では信頼できるドイツ BOSCH社の電動アシストシステムを採用していることから、パワフルで長距離走行もできるスペック面も評価されていますが、レンタサイクルに採用された理由はどういった点からでしょうか。

レンタサイクルとして導入された Tern / VEKTRON S10。スマホや貴重品などちょっとしたものを入れることのできるハンドルバーバッグやワイヤー錠、ボトルケージ、初心者が長時間乗ってもお尻が痛くならないように肉厚のサドルカバーも装着されている。背景は「水際のロッジ」。

井上さん:様々なeBikeを比較検討しましたが、折りたたむことができ、車に積み込むことができるのでVEKTRONを選びました。水際のロッジに宿泊されたお客さまが、滑床渓谷周辺や森の国だけでなく、少し離れた宇和島、久島や土佐の四万十川まで車にebikeを乗せていけば、また違った旅の楽しみ方ができます。こうしたサイクリングコースも視野に入れていたので、折りたためるというのは大事なポイントでした。フリーサイズなのでファミリーみんなで乗れる点も便利です。

LINZINE:実際にVEKTRONに乗られた井上さんの感想は如何ですか。

井上さん:とにかく乗りやすいです。宇和島市まで30kmくらいの距離を走ったこともあります。モーター音も静かなVEKTRONのおかげで、自然の中で風を感じる気持ち良さに初めて気付きました。走った後も疲れがないので、これはぜひ色々な世代の方々に体感してほしいと思いました。

LINZINE:全国の自治体、観光関連施設などでスポーツバイクやeBikeのレンタサイクルの導入が進んでいますが、アドバイスなどありますか。

井上さん:自転車は自然や町の空気感に触れられますし、環境保護の視点から良いですね。加えてeBikeなら坂も楽に走れるので、eBikeでレンタサイクルを始めて良かったと思います。気軽に10分だけ、ロッジから渓谷へ下りるだけでもここの風ロードの気持ちよさを体感できます。スポーツタイプの自転車はハードルが高くなりますが、VEKTRONは初心者の方にも乗りやすいので、もっと皆さんに乗っていただきたいですね。車に慣れている一般の方でも乗りやすい自転車です。

LINZINE:レンタサイクルのプロモーション動画は驚くほど洗練された、素敵な映像でした。美しい景観や人々との触れ合いなど、どのようなことを考えながら企画されましたか。

井上さん:単に綺麗な景色を見せるのではなく町との関わりを表現したいと思ったので、地元の方々に出演協力をしてもらいました。郵便配達のおじさんとの挨拶は都内ではあまり見られないことですが、ここでは当たり前、よくあることです。田舎だからこそ、そして自転車だからこそできる触れ合いだと思います。

LINZINE:渓谷の水のせせらぎや動物の鳴き声、気持ち良く風を切る音が聞こえてくるような映像でした。

井上さん:渓谷沿いの風景では風をキーワードにしました。また、日本にしかない田園風景も意識して映像化しました。全国的に限界集落が増加する傾向にあり、高齢化の波の中で放棄される田も増えつつあります。田が減るということは、日本の食糧自給率が下がっていくことを意味します。減りつつある田園風景がここに残っていることを見せ、日本全体の社会への問題提起につながればと考えました。

LINZINE:確かにそうですね。単にサイクリングをとおして感じられる自然として見ていましたが、深いメッセージが込められているのですね。ところで「水際のロッジ」のレンタサイクルサービスにおける、今後の展望などあれば、教えてください。

井上さん:レンタサイクルは通常5月からのサービスとなっていますが、それ以外でも活用しています。サン・クレアの活動に興味を持ってくださった企業や個人の方が森の国に来られる際に町をご案内していますが、こうした視察ツアーや研修の時も、VEKTRONを活用しています。打ち合わせや会社間の取引、研修といえば一般的に会議室で行うことが多いと思いますが、話して説明するよりも我々と同じことを体験し、風や匂いなどここの自然を体感いただくことに自転車が役立っています。会議室で考えるよりも新しいアイデアの出るきっかけになっていると思います。

これからの「水際のロッジ」が果たす役割

LINZINE:井上さん同様、中田さんも二拠点生活をされているそうですね。今回宿泊して、皆さんが実際に土地に根ざして生活し、純粋な仕事としてだけでなくライフワークとして目黒地区と一体になって活動されている点が印象的でした。

日常を離れて自然に身を委ねるひと時。部屋にはゆっくり時間を過ごせるような様々な配慮が。手前は、初めて宿泊するお客様にお渡ししているという冊子。

中田さん:目黒で暮らす一員として、土地のひとに歴史や風土を教えてもらいながら一緒に町の再生に貢献できたらと思っています。

LINZINE:これからの展開が楽しみな「水際のロッジ」ですが、ここでの取り組みは今後同業他社からも注目されるのでないかと思います。今後はどのようなことをお考えですか。

中田さん:弊社では、ホテルをあちこちに無秩序に増やすことは考えていません。「水際のロッジ」についても、施設単体ではなく町全体の再生を視野に活動を進めていきます。限界集落とは、人口の50%以上が65歳以上で、集落として共同生活を維持することが限界に近づきつつある集落を指しますが、ここ目黒地区(愛媛県北宇和郡松野町)の人口は271人(2022年2月)で平均年齢は70歳以上と、過疎化のスピードは深刻なレベルにあります。私たちのここでの活動は、多くの自治体の参考になるのではないかと思います。

LINZINE:最後に、サスティナブルな取り組みに明るい井上さんの想いをお聞かせください。

井上さん:循環型社会を作っていきたいという想いが一番大きいですね。都内では難しくて行き詰まっていた、生産者、飲食店、お客様、食に関わる人すべてが幸せになる生産と消費のサイクル。ここに来て、都内で作ろうとしていたシステムが既にここにあるのを知りました。システムというと大きなもののように聞こえますが、この町でおじいちゃんおばあちゃんたちが当たり前に生活している循環する暮らし方のことです。自分の普段の生活圏なら、自転車で行けば環境にも体にもいい。高齢化と共に、この町で失われつつある小さな価値を、発信することで守り、さらに広げていきたいです。そしてここでの取り組みや成果などの情報の発信やイベントをとおして、この小さな価値に共感する方を増やしていきたいです。

 
*この記事で紹介している情報は、2022年3月時点の取材に基づいています。

*協力
 株式会社サン・クレア
 【公式】森の国リパブリック
 森の国 「水際のロッジ」
 森の国 Online Store

*参考リンク
 Tern
 Tern / VEKTRON S10